カムナガラの道を歩む日常で、ふと感じたことや思ったことなどを 徒然に綴っていきます♪

夏至の日のメッセージ:「水」と「八つの玉」
大分ご無沙汰をしておりました。

この1週間は怒涛のような日々でして、その間言葉にしつくせないほどの
学びがありました。
本当に心から感謝申し上げます。


さて、昨日は夏至の日。
大きな節目の日でもあったようです。
mixiの日記に掲載した内容を、そのままこちらでもご報告させていただきます。



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昨日は「水」に導かれた一日 といっても過言ではありませんでした。


昼過ぎから相方さんとカラオケをしに行きました。
が!
途中から具合が悪くなり始める私。。
第4チャクラ〜第5チャクラあたりのあるスポットが

「ぐええええ〜〜〜」

と気持ち悪い・・。



「水をイメージする歌!」

とピンときて、

「蘇州夜曲」と「ハナミズキ」を歌ったところ
すーーっと楽になるも、しばらくするうちにまた悪化・・・。


相方さんも私と同様、調子悪くなってきた様子で、
4時半過ぎくらいに店を出ました。


天気はあいにく曇り&小雨がパラついていましたが、
その湿った空気と風がなんとも心地よく、
どこか外でこの空気をゆっくり感じたい、と思っていると
そこから車で20分くらい行ったところの「長谷」という場所へ意識が向かいます。

確か道沿いに、「熱田神社」があったので、
そのあたりまで車で行ってもらうことにしました。



「ここだ!」

と思って車を止めたら、そこは「熱田神社」ではなく「諏訪神社」 。
地形や立地の様子が瓜二つだったので、
間違えてしまったみたいでした。
でも、なぜかとても中に入りたいと感じたので、お参りすることに。

ご祭神は「諏訪大明神」様。


境内に入ってすぐに届いたキーワードが

「螺旋」「蛇・巳(み)」「緑色」



意味は分かりませんでしたが・・・。


本堂に向かうと、ふと目に入ったのは本堂脇にある「水祖神」の石碑!


「水だ・・・!」


ひふみ祝詞ビッグヴァンバージョン3唱を奏上しました。


田舎のひっそりとした神社ですので、
思う存分声を響かせて奏上することができました。
相方さんとの声の響きのハーモニーもとても心地よく、
多分今までで一番心地よく奏上できたかもしれません。


サーーッと波が背筋を伝って降りてきて、
今までにないほど足の裏がビリビリと振動し、
螺旋のエネルギーが身体を駆け巡りました


これからの世の建て替え・建て直しへの誓いと、
世界の平和をお祈りしました。


さあ、と顔をあげると、あるイメージと言の葉が伝わってきました。
それは、


「八つの玉」


どういうことだ?

何かこれからの建て替え・建て直しには欠かせない重要なことらしい。
そして、たまたま「諏訪神社」にいたので
そう思ったのかはわかりませんが
「諏訪」が深く関わってくるイメージがありました。

「八つの玉って、まるで里見八犬伝みたいだな」

ふとそう思いました。


さあ帰ろうか、と歩き出したとたん、

ザーーーーーッと、突然のものすごい集中豪雨!!!

龍神様のお出ましだろうか、と思うほど、
すさまじい勢い、かつ 大変清々しい雨!!

5分ほど激しく降ったら、サーーッと引いていかれました。


その後の空気の心地よさ、清々しさといったら
言葉にし尽くせません!!! 



相方さんも、「気持ちいい〜〜〜☆」 と、
いつになくハッキリとその「気」を感じたようです!


改めて、水の神様へ感謝の想いを、心の中で心からお伝えしました。


さて、「八つの玉」と聞いて、「里見八犬伝」を思い出したので
車の中で相方さんに話す私。
詳しいあらすじを忘れてしまったという相方さんに、
原作と映画版を交えながら、おおよそのあらすじを説明しているうちに

「まるで今起きている【建て替え・建て直し】みたいだ・・・」

と、改めて気づきます!

【原作:南総里見八犬伝のあらすじ】
http://www.city.tateyama.chiba.jp/satomi/arasuji/ara_min.html

【角川映画版:里見八犬伝のあらすじ】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D_%281983%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB%29#.E9.96.A2.E9.80.A3


私は角川の映画版が大好きでした!
当時小学生でしたがあんなに興奮して何度も見た映画は
これだけじゃないか、と思うほど。
この角川の映画版は、

「100年後、闇と戦うために光の玉を持った光の戦士が転生する」

という、まるで何かを彷彿とさせるようなキーワードがちりばめられて
いますのでね、今思えばあんなにのめり込んで反応していたのも
うなずけます(笑)


これは帰ったら調べなくては!
と思い、早速調べてみたらですね。
このようなサイトにたどり着きました。

【日輪乃庵】
http://www9.ocn.ne.jp/~ihori/nansou1.html

少々長いですが、大変読み応えがあり、
共感できる言の葉ばかりでした。


このサイトによると、
里見八犬伝の「八剣士」が各自持っている八つの玉に込められた
言霊の意味は下記のように説明されています。


○.仁(じん)=他人(ひと)の精神(こころ)の痛みを知る。

○.義(ぎ) =人として進むべき道を知る。

○.礼(れい)=人に感謝する精神(こころ)を知る。

○.智(ち) =世の中の真(まこと)を知る。

○.忠(ちゅう)=自分が仕える人の精神(こころ)を知る。

○.信(しん)=自分自身の精神(こころ)を知る。

○.孝(こう)=自分を育ててくれた人の精神(こころ)を知る。

○.悌(てい)=共に生きる人の精神(こころ)を知る。



これら八つの玉は、
人間の身体に必要な「八つの必須アミノ酸」と同様、
これからの全人類の永遠の平和に向けての基本になる魂の基本事項
である、とのことです。

そしてこれら「八つの玉」は、里見八犬伝の舞台となった千葉県、
旧国名の「安房(あわ)の国」
すなわち「アワ(あいうえお=四十八音)」は、観世音菩薩の頭の部分と見立てることができ、
そこに「八つの玉」が存在している、というのです。

http://www9.ocn.ne.jp/~ihori/nansou3.html

【本文一部抜粋】

日本の国土は人体にそっくりの説明で、
能登半島と房総半島は両腕として説明しました。
そして房総半島は矢を射る時の軸腕として見立てることも
説明しました。

また両腕はその人の頭で考えたことを、
なにがしかの形にする媒体としてあること、
すなわちその人の自己主張・自己発現・自己実現の道具であることも
言いましたね。

日本の国土を人体に見立て、
世界から集められた使命ある人々が国土を開墾し、
切り開き世界の文化文明を取り入れ、今日の発展を見ました。
要するに人体に見立てた国土が完成したと言うことです。

そして次に必要なものは何か、新世紀に至り世界はその目標、
また道しるべを見失いウロウロしていると言うことでした。

神は人々の自由意志に任せ今日に至ったものですが、
その間にも人々の陰に隠れて至る時の為に、
親心として必要な知恵の準備はしていたのです。

今こうして説明しているように、
その知恵を一気に放出し始めたのです。

房総半島を観世音菩薩の頭=頭脳に見立て、
地球の完成は人類の精神であり、
その精神を代弁する言葉に在り、
と神の計画を具体的な型として創り置いたものです。

(中略)

日本語は昔から、日本は言霊の幸はう国、言の葉などと言われるように、
口から発せられる言葉は秋深く、木の葉が樹木から離れ、
ひらひらと舞い落ちるがの如く、
優しく静かに池の波紋の広がるが如くに
相手の耳に届くことを善しとしてきました。

言葉がもし、台風に押し寄せる荒れた大波のように、
相手を突き刺すような強い発声であったり、
威嚇するような言葉であったり、優しい言葉使いではあっても、
その心の底にねたみ、恨み、そねみ、嫉妬(やきもち)、
やっかみなどの思いがある場合、
その波長はそのまま相手に伝えられて誤解を受ける原因になるのです。

日本語の基本である“あいうえお四十八音”のひらがなを
よく見てください、
突き出たような角はなく、丸く優しい線で表現された完成した文字、
言語であることが分かると思います。

例えば日本語の代表の“ありがとう”と言う感謝の言葉は、
その最後の“う”は口を結ぶように小さく開けて“う”で終わりますが、
この“う”の表現にはありがとうと言う感謝の心を、
自分の心の中に大切に、
そして忘れませんよと言う堅い意志が込められているのです。

もしこのありがとうの最後の“う”が、ありがと“お”と言う
表現になるとどうだろうか、
唇をとがらせて相手に口を突き出すようになり、
決して感謝の表現としては相手に伝わらないことが分かると思う。

矢尻を持って放つ型の能登半島は、万葉の里として知られていますが、
それは万葉集に代表されるように、
完成した日本語の集大成として観ることができます。

その日本語を矢として南米大陸に放つ型を説明しました。
その軸として房総半島が対応していますが、
すなわち千葉(せんよう)の里の意味するものは何か、
千の葉、千とは“ち”とも読みます。

“ち”とは説明したように、大地の地、血液の血、で分かるように
生命の根幹、生命の元を表す文字、言葉でもあります。

ここでの説明は言葉=言霊の説明ですから、
千の葉とはすなわち人間の血肉の元となる言葉
(あいうえお四十八音)を指していると見ます。

片や観世音菩薩の持つ意味は説明したように、
世の音を観る、音とは音楽も同じだが
ここでは言葉を観ると言うことに置き換えて置きましょう。

(中略)

すなわち観世音とは、言葉生命の元として仏像という象徴に置き換え、表されていると言うことが分かります。
それに引き換え千の葉は言葉の元として置き換えた時に、
房総半島は人間の横顔として捉えて観れば、
その先には房総半島が観世音菩薩の横顔としてなぞらえることは
自然であろうと思うことと、
房総半島の内容を観れば納得出来ようかと思うものです。

房総半島が観世音菩薩の横顔として、
創られてきたことが分かってもらえたかなー、
その観世音菩薩の型をして一番教えたかったこと、
それが館山(山の屋形)にある“八つの玉”の内容でありました。

房総半島の房総とは、その点々を外せば“放送”となり、
世界に電波を発信する基地になると言うことで、
裏を返せば理想の楽園の手本を創ると言うことでもあるのです。

(中略)

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思いがけないお導き(?)により、「八つの玉」を
深く知ることとなりました。
大変興味がありますので、もう少し掘り下げていきたいと
思っております。

昨日たどり着いたサイトは「千葉県」について深く書かれていましたが
私が感じた「諏訪」との関係性は気のせいだろうか・・。

個人的に、「諏訪」と「八」は大変しっくりくるんですが
この感覚はなんなのでしょう。




昨日この記事を書いた後、やはり気になって調べたところ、
まるっきりの無関係ではなさそうで、
関連がないこともないようでした。

千葉県内にある「諏訪神社」に関する記述です。


http://www1.ocn.ne.jp/~shinbei/mutuzawa/siryokan.htm

【諏訪神社の大樟】(本文抜粋)

歴史民族資料館から300mほどの所に諏訪神社がある。
資料館の駐車場に車を置いて是非歩いて見て欲しい。
諏訪神社は、平安初期の807年に信濃の国の諏訪大社の神官が
当地に分社し開いたと伝えられる大変歴史のある神社である。

上の影像の大樟はその時持参し植えたと伝えられ、
役1200年の樹齢という事になる。

この大樟は、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の中でも紹介されている。

物語の中でも、「中心部が腐食し洞窟ようだ」と紹介され、
馬琴の時代に既にかなりの老樹であった事が裏付けられている。
主幹部分はだいぶ腐食が進んでいるが、
残っている幹だけでも壮大な時の流れを感じるには十分だ。


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ともあれ、久しぶりの神社参拝と神様との一体感でありました☆
ありがとうございます゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


カムナガラタマチハエマセ

拠り所とするは、自らの「良心」なり
今、大変厳しい「流れ」を感じているワタシ・・。

毎月 月初のハードな仕事のせいだけでは ない。


「厳しい」なんて、生半可なもんじゃない。

昨日あたりから特に、私の神経を逆撫でするような出来事がおきたり、
普段なら流せるようなことが 猛烈にひっかかって 悶々とそのことについて思いをめぐらせて
しまったり、
そしてそういうネガティブな思いが更にネガティブを呼び、
心の中で 耳をふさぎたくなるような罵詈雑言を 叫びまくってしまう、、、
そんな状態に陥っていた。

そして、そういう状態を、これまた激しく戒めている自分もいて、
まさに「光と闇」の戦いが繰り広げられていて、
「一人戦争状態」だったのだ。


どうも今は 「絞りの時期」 らしい・・。

宇宙の「収縮」の作用で、エネルギーが凝縮され、カメラの絞りのように
中心に力が集まり、そういう時期は、まるで雑巾を絞るように、
膿が搾り出される。
だから、ネガティブなエネルギーが表面化しやすい。



そんな最近、ここんところ、毎日のようにキーワードとして頭の中に響くのが、

【良心】

という言葉。


その、「一人戦争状態」になっているときに、猛然と旗を掲げるのが、
この 【良心】 なのだ。


誰にでも必ずある【良心】。

簡単にイメージできるだろうと思う。


自分にとって 一番 清く、正しく、美しく、潔い姿。



精神世界を学び、アセンションの知識を身につけ始めると
かえって 何を信じたらいいのか分からなくなったり、変な道にそれてしまうことも多々見られるけれど
なんのことはない、自分自身の【良心】に従う、ということが
最も確実で、最も安全な道である、ということを 最近つくづく実感している。


誰もが例外なく心の底に持っている【良心】。


だけども、その【良心】に常に従い、歩みを進めていくには、相当胎をくくらないと難しい。


なぜなら、【良心】は、あきれかえるほど 【正当】 だからだ。

自分の「乱れ」を、一切許さず、あますところなく 照らし出してしまうからだ。


その【良心】の光は、時にはあまりにまぶしすぎて、
見たくない!と 心の奥底に追いやってしまう。



だけども。
意外なほど簡単な方法がある。
そのまぶしさに負けない方法。
祝詞を唱えるのと、意味合いは同じだろう。


ネガティブな思いで一杯になっているときでも、よくよく自分を客観的に見てみると
「本当はそうじゃない」って分かってる自分がいる、ってことはよくあることだろう。
【良心】に従った行動とはどういうことか、ってことも、ちゃんと頭では理解していて、
でも感情がそれについていかない、ということも。

そんなとき、声に出してみる。


「違う、そうじゃない。 本当は○○なんだ。自分はちゃんと分かってる。
 本当は○○するのがいいんだ、ってこと、分かってる。」


声に出すと、さっきまで駄々をこねていた 「ネガティブ小僧」 が おとなしくなるのだ。

そして、さっきまで まぶしくて目を開けていられなかった 【良心】 の光が、
あたたかくやわらかい光に 変わる。
そして、その光を見つめる準備が整うのだ。



今日も会社で、「ネガティブ小僧」が大暴れしていた。
苦しくて仕方がなかった。
自分と深い関わりを持つ、ネガティブ面での学びの相手にからむ感情が
最近にはめずらしいほど 再燃し、 
今の時期、仕事も戦争だけど、またしても 「一人戦争状態」 となっていた。


残業を終え、帰りの車の中で、またそのことを考えていた。

【良心】が 再び 姿を現す。

今日は、あまりに苦しくて 守護霊様・大神様に 今の思いを口に出して問いかけてしまった。
というのも、どこかこのネガティブな思いを、
一時的に 「味わわされている」 という感覚があったからだ。

すると・・。

私の今の状態は、まさに今の地球の状態と同じだ。。
世の中に、人を恨んだり、呪ったり、妬んだり、憎んだり、そういう思いで一杯になってしまう人も
たくさんいるだろう。
今、私は、こんなささいなことでもこんなに苦しい思いをしているけれど、
世の中にはこういう思いを、それこそ毎日のように抱えながら生きている人もいる。
それはまさに生き地獄。どれほど辛いことだろう。

私の今の苦しみは、世の中の辛い思いを抱えている人の苦しみと同じだ。
なんと苦しいことだろう。


そんな思いが一気に沸きあがってきて、涙が溢れてとまらなくなった。


ならばどうか、世の中の人々の苦しみが、光へ融けていきますように。
どうか神様、世界中でネガティブな思いに苦しんでいる人々の思いが、少しでも楽になりますように。
一心に願った。


「悪」は悲しい。
本当は、とても悲しく、切なく、孤独なのだ。


感傷的になっているわけではない。
本当に、自分のこととして「悪」の気持ちが 理解できるのだ。



ちゃんと 「悪」 と向き合い、気持ちを汲み取ってあげると、
意地を張ってムキになっていた態度を改め、
【良心】の光に従うようになる。


宇宙はすべてひとつであるから、こんなちっぽけな私一人の心の中の変化も、
確実に宇宙全体への波として伝わるはずなのだ。


「一人戦争状態」がひとつ解決し、ひとつの「悪」が改心すれば、
微々たる力だろうけれど、世界の戦争の終焉と世界の「悪」の改心へつながる一歩となる。


だから、もし今、厳しい現実や しんどい局面と向き合っておられる方がいたら、
それは世界へ貢献できるチャンスを 神様からさずけていただいたということ。
その力が、あるからこそ。


今後、絞りの力はますます増していき、ネガティブな局面が増大したとしても
その表面的な現象に 振り回されることのないよう、
自らの【良心】をしっかりと掲げ、声に出し、
自ら立てた光の旗に従って 突き進んでいけばよい。



カムナガラタマチハエマセ


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子供の頃理解していたこと
最近、子供の頃のことを よく思い出す。

ずっと忘れてしまっていたことが、ぽろぽろと 思い出されてくるのだが
つくづく、

ああ、自分は ちゃんと分かっていたのだなあ・・・ ということを
改めて思い知らされる。


今日も、テレビのエコ特集番組を見ていて思った。

石油が枯渇しかけている現状を、いろんな角度から報じていたけれど・・。




限りある石油や石炭を、どうして人間は当たり前のように使ってしまうの?

使えばいずれは無くなるのに。

無くなったときのことを何も考えないの?

恐ろしくはないの?

なぜ?

こんな当たり前のことを、どうして大人たちは誰も不思議に思わないの?

こう思うのは私だけ?




小学生の頃だったかなあ・・・。
いつも、本当に不思議で不思議で仕方がなかった。

確か、そのことを親に話したような気がする。
でも、明確な答えは返って来なかった。

笑って、
「そうだねえ」
って言われただけだったな。




家の食料を入れておく戸棚があったんだけど、
小さい頃の私は、なぜかいつもいつも、
食料が手に入らなくなったときのことを、毎日シュミレーションしていた。

今これだけの食料があるけど、これだけあれば家族6人、どれだけ過ごせるかな。

そんなことを、毎日毎日、真剣に考えていた。

当時の私の感覚としては、その備蓄量は大分多めだった。
こんなに我が家には食料が保存されているんだ、と思っていた。
今思うと、その基準は、人が生き延びられるだけの最低限の量だったなあ、と思う。

当時も母に、
「これだけ食料があれば、大分生きていけるね」
と、話したことを記憶しているが、当時の私の意に反して、

「そんなわけないでしょ!こんなの数日でなくなるわ!!」
と、なぜか猛烈に怒られたっけ。

当時の私としては、真剣に家族のことを考えていたつもりだったから、
なぜ怒られなければならなかったのか分からず、とてもショックだったけど(笑)、
母にしてみれば、小学校にも上がる前の子供が、台所を預かる自分に対して思いもしない言葉を
発したので、いろんな意味で不愉快だったかもしれない。


当時の感覚は、おそらく、これからのことを無意識に見越していたんだなあ、って思う。
でも、まだ子供だったから、自分でもその意識がよく理解できてなかったんだろうな。




学校や世間で当たり前のように教育されていた 「ありがとう」 という言葉。

なぜか我が家では、この言葉を使うことが できなかった。


我が家では、というよりは、母に対しては。

母自身が、「ありがとう」という言葉を使わない人だった。


お友達や学校では普通に「ありがとう」って言えるのに、
家でその言葉を口にしようとすると、なぜかものすごい反発の力が返ってくるのだ。

何かしてもらったら「ありがとう」って気持ちを伝えるのは、当たり前のことなのに
どうしてうちではそれをしてはいけないんだろう????

どうしてお母さんは、私が「ありがとう」って言うのを嫌がるの?


不思議で不思議でたまらなかった。





朝起きて、「おはよう」って言うのも、世間では当たり前なのに
どうして我が家ではそれがないの?

なんでこういう当たり前のことが うちでは 当たり前ではないの?

なんでこんなに「勇気」がいるの?




当たり前のことが、なぜか当たり前ではなかった我が家。
それが「当たり前」になっていて、子供の頃のそういった純粋な気持ちは
やがて次第に薄れていって、いつしか忘れてしまっていった。

高校を卒業してから親元を離れ、20年近くたち、
いろんな経験をさせてもらって、また再び我が家へ帰ってきた。


今は、当たり前のように 朝起きれば「おはよう」と挨拶を交わし、
何かしてもらったら、素直に 「ありがとう」 と言える我が家だ。


何がきっかけだったかな・・と振り返ってみると・・・。
確かにあったのだ。



それはまだ実家に戻る前、数年前のこと。

長期休みで、我が家に一時的に帰省していたときだ。


家族で食事をするとき、私が手を合わせて、「いただきます」と言ったとき
父が驚いてこう言ったのだ。

「えらいなあ、お前、いつもそうやって食べてるのか!?」
と。

そんなに驚くことか、とこっちが驚いてしまって、口をぽかんと開けてしまったことを
今でも覚えている。
一人暮らしをするようになってから、自分でも知らないうちにそれが習慣になっていたのだけど
その父の言葉で、そういえば家にいるときは、そんな行為もなかったなあと気づいた。

「そうだよ、いつも私、こうやって食べてるよ」

そういったら、

「それはえらいなあ。父さんたちも見習おう♪」

と、父が言って、それから父も母も手を合わせて
「いただきます」と言うようになったのだ。


そのとき、父から勇気をもらったような気がしたのを覚えている。

「おはよう」と言うのも、「ありがとう」と言うのも、
何も遠慮することはないぞ、って。
だって当たり前のことだ。



その後、母も自然と 「ありがとう」 と口にするようになった変化を
確かに感じた自分がいた。



私は、こういった家族、特に母を通して、

「当たり前のことが当たり前でない」という現実を体験し、
改めて「当たり前」の状態へと変えていく


という、まさに地球へやってきた目的を、実地で学ばせてもらっているのだ。

そのために、私は母を選び、父という魂のパートナーの陰ながらの援助を受け、
日々生かしていただいている。
ありがたいことだな・・・。


今の地球も、当たり前のことが当たり前でない、天地がひっくり返ってしまっている状態だ。
それを元に戻すためには、「当たり前でない」現実を 自ら体験しなければならない。


でも、もうそろそろ、その体験を生かす時がきたようだ。


天地を元に戻さなければいけない。


最近、父が頻繁に夢に出てくる。
父と一緒にご神業する夢だ。

今日、6月8日、家では父とふたりだけだった。
昼間、猛烈な眠気に襲われ、数時間昼寝をしたが、
同時刻、父もまた猛烈な眠気に襲われ昼寝をしていたとのことだった。

その間、私は夢の中で父と一緒に「仕事」をしていた。
具体的なことは覚えてないけれど、
明らかに、今後の地球に向けての働きと準備だった。



さあ。

胎をくくろう。



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「身近なご縁を大切にせよ」・・ということかしら。 
昨夜、夢の中で 大変厳しい「お説教」を いただいたようです。

私の他に、数名いらっしゃったような気もします。


お説教をくださったのは、おそらく、国祖の大神様だろうと思います。


内容は次のようなことでした。



地球や宇宙のことに目を向けるのは大切じゃが

まずは何より、自分の家族や身近な者を大切にすることじゃ。

家族すらもてあましている者が、いかにして地球をどうにかできようか。





大変短いのですが、非常に厳しく諭された、という実感がありました。



確かにそのとおりです。
そして、そのことは最近ずっと、自分自身が思っていたことでもありました。


中国・ミャンマーの災害を機に、自分の中で大きく意識が転換されてから、
何かボランティアや地域の活性化に繋がるようなことをしたい!と思っていて、あれこれ
情報を集めたりしていたのですが、ふと、

地域の何かしらの活動に参加するのもいいけど、私、家のこと十分に出来てないよなあ・・。
家のことをおろそかにして、地域活動って、なんか違うような気もするなあ。。



と思ったのですよ。。

私担当の家事はあるものの、それ以外の家の庭の手入れとか畑の草取りとか、
その他もろもろ、親に任せてるところが多かったんですよね。

で、まずはそこからだよな、と思い
休みの日は日頃できないような家の手伝いを出来る限りすることにしたんです。


特に私は親との隔たりを根底に感じながら育ってきましたので
そういうことがしっかりできて初めて、外の活動も力いっぱいできるかなあ、と
思ったりしております。


なんだか、本来こういうことって、当たり前のことですよね。
何も特別に思わず、自然に出来ている方は、きっとたくさんいらっしゃるんだろうなあ、って
思います。
我が家はなぜか、そういうことが自然にできなくて、早くから親元を離れてしまったせいもあり
親子そろって、慣れてないところがあるんですね。
改めてその大切さを実感しております。



そして、もうひとつ。
昨夜の夢のキーワードは 「川」 でした。

実は、「川」 は最近、頻繁に夢に出てくるんですね。
しかも、地元に流れている実在の川が 出てくることが多いのです。

昨日の夢は、家のすぐ前を流れている、「五十鈴川」と同じ支流から流れている、小さな小川でした。
私の家の前は道路になっていて、五十鈴川の支流が「五十鈴神社」という産土神社となっています。

道路はかつて五十鈴神社の参道でした。
その道路のちょうど両側を川が流れているんですが、昨日は道の反対側の小さな小川が
出てきました。

この小川も、大切にせよ、ということのようでした。



その夢と、さきほどのお説教とが ちょうどセットのような感じで、
その意味するところを 考えていたとき、ポッと感じるものがありました。


最近頻繁に夢に出てくる「川」。
地球を人体だとすれば、川は血脈のようなもの。


血脈・・・→ 血縁・・・→ 家族・親族・身近なご縁のある者。


家のすぐ前の川や、地元に流れる川は、さしずめ 自分の家族、身内、ご縁のある方を指していて
その方たちを大切にせよ、ということなのかなあ・・と思ったりしたのです。


もちろん、地球の血脈である川をきれいに大切にすることも、
人体の川である血液をきれいにすることも、
意味の中に含まれていることでしょうし、
おそらくそれらはみな、すべて同じ意味合いを持つことになるのではないでしょうか。



遠くばかりを見つめるのではなく、
自分の足元をしっかりと固め、
自分を支えてくれている一番身近なご縁を大切にすること。。

基本ですね☆



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私たち一人ひとりが 【地球の細胞】 です
先日の記事で、「巻きが入っている」と述べました。

事態は刻々と進み、何かしらの動きや緊迫したものをお感じになられている方も
いらっしゃることでしょう。
また、様々な記事を目にしながら、そのような流れをお感じになられている方も
いるかもしれません。

では一体何をどうしたらよいの? 
と、具体的な行動が分からず、焦りにも似た感情をお持ちの方は・・?


今日は、是非とも皆様に、こんなときだからこそ心に留めていただきたいことを
お話したいと思います。
私自身も、これからお話することを、しっかりと胎に据えて、これからを過ごしていこうと
思っております。


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以前、別のブログの中でも記事にしていたことなのですが、
この世界、そして宇宙は すべて「相似形」である、ということを
皆様は実感されたことがおありでしょうか?


相似形、または 「雛形」 ですね。


先日の記事のコメントに、あげは様も「すべては雛形である」とのコメントを
お寄せくださいましたが、本当にそのとおりだな、ということを
私も日々実感しております。


どういうことかというと、宇宙の真理、しくみは、そのしくみをそのまま縮小して銀河に、
更に縮小して太陽系に、そして地球に、国に、街に、家族に・・・
といった具合に、その一辺のサイズが異なるだけで、すべては「相似形」であり、
それらのパーツが集まって、ひとつの宇宙が成り立っている、ということです。

これは、すべてに言えます。
宇宙であっても、家族であっても、私たち自身であっても、です。
ですから、サイズは違えど、そこに存在する「真理」は、すべて同じなのですね。

そして、大切なのは、そのすべてがひとつに繋がっている、ということで
決してバラバラの独立した存在ではないのです。
ですから、そのすべてが「連動し合って」います。

すべてが「相似形」であり「雛形」ですから、
皆様が日々生活されている一場面(たとえば会社だったりご家庭だったり)もまた、
宇宙を構成する真理で成り立つ、ミニ宇宙 なわけです。

これは決して比喩などではなく、まぎれもない真実です。
そして、すべてが連動し合っていますから、そのミニ宇宙で成されたことは、
宇宙全体に影響を及ぼします。

宇宙だと規模が大きすぎるのであれば、規模を地球に縮めましょう。
(もちろん、地球=宇宙とイメージされても結構です)


皆様の身の回りの出来事は、確実に地球全体にも当てはまることです。
サイズが異なるだけなのです。

皆様個人にスポットを当てても、また同じことが言えます。

皆様の身体もまた、地球でもあります。


皆様の身体、心に起こっていることは、すなわち 地球で起こっていることでもあります。


同じなのです。


地球には一件何の関係もないと思われる、毎日の日常生活の一場面も、
すべては連動し、影響していて、そのあなたの思いや行動が、そのまま地球に反映されて
いく、ということです。


何が言いたいのか、というと、

今、一体自分が地球のために、何ができるのだろう?と疑問に思われている方、
あるいは、これから大変なときを迎えるであろうことは知っていても、具体的にどう動けばよいのか
分からない、という方がもしおられましたら、そんなときこそ、

日々の生活を心底真剣に、誠実に向き合って、
一瞬一瞬を大切に過ごしてください。


自分自身の何気ない行動や心に思い浮かべたことが
すべて地球にダイレクトに影響しているのだ、ということを知ってください。




私たちの一人ひとりが、地球を構成する細胞のようなものだとお考えください。


例えば、私たちの身体を地球だとしましょう。
私たちの身体は、たくさんの細胞でできていることは皆様もご存知ですよね。

その小さな細胞のひとつでも具合が悪くなると、私たちは体調がおかしくなりますね。

また、日々健康でいるためには、その細胞ひとつひとつが健康でなければならない、
ということもご理解できますね?

このことに疑問を感じる方はおそらくいないでしょう。


これらのことに疑問を感じないのは、その小さな細胞のひとつひとつが、
自分の身体と直結していることをちゃんと理解しているからです。

なのに、地球と自分との関係となると、なぜ、別々のことだと思ってしまうのでしょうか?

何も変わらないのに。


私たち一人ひとりが、地球の細胞なのです。


ですから、地球の健康状態はすなわち、私たち一人ひとりの健康状態にかかっている、
ということです。


特に、その健康状態を左右するのが、私たちの 「想念」 です。

私たちの日々思うこと、想像すること、意識が、地球の細胞である私たちの「質」を決めます。


良い質の細胞で満たされれば満たされるほど、地球は元気になります。


当たり前のことですよね。



自分の身体から少し規模を大きくして、会社を例にとってみます。

自分を含むたくさんの社員がいて、ひとつの会社が成り立っていますよね。
その会社を構成している社員の質によって、その会社の良し悪しが決まりますよね。

たくさんの部署が存在している会社では、その部署もいろんなタイプがあるでしょう。
前向きな社員で構成された部署は活気があって業績も良いでしょうし、
人の足ばかり引っ張り合ったり、コミニュケーションが取れていない部署は
雰囲気も悪く、仕事の質も悪いでしょう。


同じことです。



日々、誠実に、真剣に、愛ある思いを元に、目の前に繰り広げられる一瞬一瞬に
真心込めて向き合うことは、
地球を精一杯輝かせることなのです。

今、ご自分と地球が結びついていない方も、
本気で自分自身と向き合えば、必ずその意味が分かるときがきます。





今後に向けて、物質的な備蓄や準備、様々な備えは必要でしょう。
知識面の準備も、大切だと思います。


ただ、そういった準備はいわば、怪我や病気のときの薬や包帯のようなもので、
細胞自身が活性化し、健康になれば、薬や包帯は【本来は】いらないものなのですから、
何よりもまずは、身体の中から健康にしていくことを考えるのが先決でしょう。

とはいえ、今の地球の健康状態は瀕死ですので、
救急箱では正直追いつかないかもしれません。
優秀なドクターとレスキュー隊もしっかりとスタンバイしていただく必要は
あるかと思います。


どちらも 異なる側面から 必要なことですね。





私たち一人ひとりが、地球の細胞です。
みんな責任があります。

たった今からでも、細胞を活性化させることはできます。

誰でも例外なく、できます。



一瞬一瞬を、真心を込めて、自分自身のありったけの 「誠意」 で 向き合っていきましょう。





カムナガラタマチハエマセ



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「巻き」が入っています!
今、私が日常生活の中で目にするもの、耳にするもの、自分の口から発せられる言葉、
すべてが 地球の現状、アセンションに向けての心構え ということに
すべて置き換えられる、ということを実感しております。
これらすべてが、ガイアとそして神々様からのメッセージだと受け取っております。


その上で、今 大変強く感じているのは

「巻き」が入っている ということ。

一刻も早く、「真実」に気づくように とのことです。


ここ数日の私の日常生活で体験した一場面を挙げていきますので
皆様も、視点を 「地球アセンション」 に置き換えて イメージしてみてください。


●会社での会議の中で・・その1

先日、我が社の工場内で火災がありました。ボヤだったんですが、
無人の部屋に置かれていた電気機器が発火したのです。
燃えやすい紙類がたくさん置かれた部屋に、非常に帯電しやすい機械?を置き、
さらに常時無人状態であった、という 信じられない管理状況でおきた火災でした。

そのことが議題に取り上げられたときの会話の中から。
経営陣A氏のコメント。

「今回の一件で、いかに自分たちの認識がズレていたか、ということに気づくことができたわけだ。
 ありがたいことだね。
 この「気づき」を 今後どう生かしていけばいいか、ってことを真剣に考えていただきたい。」



●会社での会議の中で・・その2

売り上げが落ち込んできていて大変深刻な状況下にある我が社ですが
その利益を直接生み出す部門の生産に関する会議の中で、各課長に対して
発せられた経営陣B氏のコメントから。

「部門の収益を預かる立場の人間として、日々どういうことに目を向けて何を考えてるか
 教えてくれないか。
 君たちは一体 何を 見てるんだ!?
 もう「後がない」という自覚をさ、もっと持ってくれないかなあ。」



その言葉を受け、経営陣A氏が補足。

「いいか?今B氏が言ったのはな、
 君たちの認識が 「ズレている」 ってことなんだぞ。
 
 先月はこうでした。当月はこうでした。翌月の予定はこうです。
 その結果収益は見込みありません。
 
 そんな報告じゃ経営者は納得しないだろ?」

 
 

 
●先日見たテレビの中で某女性芸人が言ったコメントより

夢に向かって真剣に突き進みながらもなかなか芽が出なかった彼女が
最後のチャンスにすべてをかけて望んだ一大転機。
その結果手にした現在の活躍までの半生をつづった番組でした。

「もう年齢的にも【後がない】ですから、本当に必死でしたよ!」

「だって 巻きが入ってますから!!!」




芸人としてデビューする前、お笑い養成学校に入学した頃のこと。
このチャンスにすべてをかけた彼女は、

講義の先生の一言一句すべてを聞き漏らすことのないよう、
最前列でメモを取りながら臨み、
舞台という舞台は、常に最高のパフォーマンスが出来るよう全力投球で臨んだ。




番組の最後の彼女のコメント。

「今こうして、テレビに出させていただけていることが 本当にありがたいです。
 これからも 真剣に 謙虚に 頑張って精進してまいります。」





●先日地元にある とある花のミュージアム館 にて

花が大好きな私は、いつも花を見ると、その色が発するエネルギーがハートチャクラに
ダイレクトに届く感動を味わいます。
そのエネルギーで胸が一杯になり、幸せ一杯になります。

そんな感動を味わいたくて、雨が降っていたので屋内で花が見れるミュージアムに行ったのです。

ところが・・・。


熱帯雨林の植物をたくさん集めたハウスの中の植物園は、

大変すさんだ「気」でうずまいていました。
花たちを見ても、「光」を発していません。


いつも野に咲く花たちを見ると、色が「光って」見えるのですが、その「光」がないのです。


おそろしく「人工的」な まるで模型の花を見ているような感覚で館内を進み、
メインであるはずの ある花 がようやく見られる場所に来ましたが、
おそらく農薬でしょうが、葉っぱに白い薬の散布の後がありありと・・。
葉っぱはところどころ枯れているし、花たちもまるっきり元気がなく。。


おそらく 経営状況の問題があるのでしょう。
石油をガンガンたかなければ、そのメインの花や熱帯雨林の植物たちは 育てられません。

自然を無視した空間の中で、「気」が狂い、花たちの生命力を奪ってしまったのでしょう。

その「現実」を、そんな厳しい環境の中でけなげに花を咲かせている花たちから
教えてもらった気がしました。
その彼らの悲痛なメッセージを、受け取った気がしました。



゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆




今、この地球がなぜこのような状態になってしまったのか。

毎日テレビなどでは、その「結果」だけが 報道されていますが
「なぜそうなってしまったのか」
という根本的なことについては ほとんど触れられておりません。

そのことも問題だとは思いますが、もっと大切なのは、

「真実を知る勇気」を 私たち一人ひとりが 本当に持てるのかどうか? 

ということじゃないでしょうか?


その「真実」は、私たちにとって 大変不都合な真実 ですから。



今会社で、まったく同じ現象が見られます。

収益が落ちるという「結果」を徹底的に追及される各部門長たちは
その「追及」があまりに厳しいために、追及されないようにごまかして資料を作り
責任逃れをしようとしています。
だからますます 状況は改善せず、ますますその追及は激しくなります。

悪循環です。

悪い原因をありのままに認め、そのときは苦しいかもしれないけれど 怒られることも覚悟で
ありのままに報告し、現状をさらけ出せば、本来取るべき解決策がすぐに見つかるのですが。

でも、分かっていてもみなそれができない。


なぜか。


悪い原因をありのままにさらけ出したとき、それをちゃんと受け止められるだけの度量が
会社側にないからです。 
「失敗」を認める という体質が 欠落しているからです。
「人を育むエネルギー」が 欠落しているからです。



でも、神様は違います。
私たち人間が、これまで目も当てられないほどの無知さと我欲でもって犯してきた
数々のあやまちを素直に認めたとき

「よーく分かったか、お前はこんなに悪いことをしてきたのだ。だから罰を与えてやる!
 覚悟しておけ!!」

などとは決して言いません。
むしろ、

「よくそのことに気づいてくれたな。それを待っていたのだよ。よくぞ気づいてくださった!
 ありがとうよ! これからはその心で励んでくだされ!!
 神も精一杯、後押しをしてゆくからの!」


と、ありったけの愛情でもって 抱きしめてくれることでしょう!


そのありったけの愛情は、どんな人でも分かるはずです。
それは、霊感があるなしに関わらず、必ず分かるはずなのです。

勇気を持って一歩踏み出した者にしか その全身を満たす至福の感動は
決して味わうことはできないでしょう。


勇気を持って、真実と向き合い、これまでの自分の過ちを認めることが出来た者は、
必ず神のご加護が得られます。

これからの過酷な時を過ごしていく上でも、必ず神は手を差し伸べてくださいます。

どう進めばよいのか、何に気づいていけばよいのか、
どう行動すればよいのか、

それらについて、これでもか、これでもか、というほどに
「答え」を用意して見せてくださいます。

現に今の私がそうなのですから。



どうか、「真実に目覚める勇気」 を 持ってください。



そして、一歩踏み出した方たちは、その和を広げ、
自らの行動をもって、多くの方たちに広めていきましょう。


次回は 「行動」 についてお話したいと思います。



カムナガラタマチハエマセ


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地の底から沸きあがる「想い」とともに
先日、大きな転機を迎えたのですが、その日から 目に見えるもの、耳にするもの、口にするもの
私が今体験していることすべてが 大きく変わることになりました。



この間の火曜日、27日ですが、会社帰りに産土神社へ行きました。

実は、最近どうしても何か地元のためになることをしたくて、でもなかなか何をしたらいいのか
分からず、いてもたってもいられなくなっていたところ、
ふと、一年前に地元の産土神社に行ったとき、神社の川が大変汚れていたことを思い出し、
川掃除に行こうと思ったのです。

中央アルプスの雪解け水が源流で、神社の奥に水門があり、そこから川が流れていて
私の家のすぐ脇を流れているのです。

かつては「五十鈴川」と呼ばれていた川で、
最近夢の中で
 「この川にはナマズが住んでいる。 この川を生き返らせるんだよ♪」 
と、父と話したこともあり、余計に気になったのかもしれません。


その日は残業で、神社に着いた頃にはもう薄暗くなっていたので、川掃除は下見ということで翌日
することにし、せっかく来たので参拝をさせていただくことにしました。


ひふみ祝詞ビッグバンバージョン3唱し、神々様の弥栄奏上。
そして地球が癒されますこと、世の中の人々が一人でも多く気づいてくださることを
お祈りしました。
いつしか強烈な思いがこみ上げ、気づくと泣いていました。


帰宅し、いつものように過ごし、寝る前にブログを確認すると
コメントをいただいておりました。

その中の、まんまるさんからいただいたコメントの
 「地球を貪り喰う」という動画が気になり
見てみました。

胸にくらいました・・・・!

言葉も出ないその思いを胸に抱きながら、そのままベッドへ入りました。

すると、またも強烈な思いがこみ上げてきたのですが・・。



地の底から沸きあがるような、凄まじいエネルギーが私の身体を貫きました・・・!!

涙が吹きこぼれ、まるで絞り上げられるような嗚咽がこみ上げます!

悲痛な「想い」が 私の身体をかけめぐります!!!


そして、かつて3年前に、同じように突き上げる思いとともに
この地球のためにお役に立ちたい!と神様にお願いをして覚醒したときの感覚が
再びよみがえりました。

あの時よりも 更に深く、更に強く。


私の持ちうる、渾身の力を込めて、神に祈りました!!


どうか、どうか、この地球のために、私にお手伝いをさせてください!!
お願いします!!



とてつもなく強力な「力」が私の身体の中心に集中し、
火山のような真っ赤なエネルギーとすさまじい熱で火を噴きそう!(笑)
自分の身体が爆発してしまうのではないか、と思えるほどでした。


気がつくと眠りに落ちていて、またいつもと変わらぬ朝を迎えますが、
その日を境に、目に映る世界が一変することになるのです。


もちろん、表面上は何も変わりません。

ただ、目に映るものすべてが、「地球のアセンション」に直結する という状態に
開眼することになったのでした。


詳しくは次回の記事で。。


カムナガラタマチハエマセ



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母から学ぶこと
先日、母の一言に、一瞬言葉を失ってしまった出来事があった。


先週の日曜日に、古館一郎氏司会の四川省の大震災に関するドキュメント番組が放送されていて、
以前から母と、「これは見よう!」と言っていた。


私は早速見始めたが、結局母は違う番組を見ることにしたようだ。
一応気にはなっていたらしいのだが。


お互い違う部屋にいて、しばらくたってから CM時に部屋を出たら
たまたま母がそこにいて、一言。


「どう?おもしろい?」



え・・・・・。




「おもしろく」なんか、ないよ、お母さん・・・。

あたし、胸が一杯だよ・・・。





分かってる。
決して 母だって バラエティ番組を見るような「おもしろい」というつもりで
その言葉を選んだのではない、ってこと。

「興味深い」とか「見る価値がある」とかいう意味で言ったんだろうと思う。


だけど、そのときの私の心とは
あまりにもかけ離れた言葉だったので、
一瞬言葉を失ってしまったのだった。



でも、改めて思ったのだ。

人というのは、経験したことがないことに関しては、
どうしても「他人事」の粋を超えることは なかなかできないし、
ましてやそこに込められた 様々なメッセージを受け取る、ということは
なかなか難しいのだ、ってこと。。

私だって人のことは言えない。
今回の災害のタイミングで、私の身体に原因不明の反応が出たことがきっかけで
ようやく目が覚めることができたのだから。。




母は、いうなれば、現在の地球上の人間の一番「標準的」なタイプだと思う。

超常現象は信じず、神様はお願い事をするときだけ口にし、
お金や物質的なことに絶対的な価値を置きつつも、
自然の恵みやありがたさも認識はしている。


今日もこんな発言があった。

地球上の世界中で今起こっている水不足や食料危機の危惧などを放送した番組を
一緒に見ていたときのこと。


「あ〜あ、こりゃ 地球は滅亡するわ!
 でも、私が死ぬまでは大丈夫でしょうけど。
 あ、みずきが死ぬ頃までも、かろうじて大丈夫かもしれないけど。」




そんな吐き捨てるような言い方・・。 地球に滅亡してほしいの?
自分が死んでしまった後なら どうなってもいいの?

そういう、「自分さえよければいい」 って気持ちが
今の地球の状態を 作ってしまったんだよ?



一瞬そんな言葉が 胸の中に湧き上った。

でも・・・。言えなかった。


喉の先まで出かかったけど、でも言えなかった。


いつもそうだ。




この母のセリフは今日だけじゃない。

何度聞いたか分からない。


でも、そのたびに 私は言葉を 飲み込んでしまう・・・。




つくづく母は、「標準的」だと思う。

日頃エコを意識し、ゴミの分別もちゃんとするし、エコバッグも使う。
だけど、なぜ地球がこうなってしまったのか、ということは考えようとしない。

「自分にも責任がある」とは 多分まったく考えもしないだろう。


その「自分にも責任がある」という意味が分からないだろうと思う。



そういう母に、少しでも 「真実」 を語ろうとすると
とたんに「拒否反応」が来る。
まるでテレパシーだ。


だから 言えない。


言えないから、私は心の中で語る。

そして、母の見えないところで私は精一杯の心がけをし、行動をし、
自分自身の「真実」に忠実に生きる。


いつかこの行動と信念が めぐりめぐって 母の心に届くことを願って。



母と暮らすようになってつくづく思うのは、
母という「標準的」な人と接することで、私は今現在のこの地球のほぼ大多数を占めるであろう
「真実」を知らない人たちと、どう接していけばよいのかを
毎日の生活の中で学ばせていただいている。

ありがたいことだ。。


最近の「覚醒」で、いかに私の今の生活が、
私が全身全霊をかけて実現したいと願って
この地球に降りてきた目的を達成するために用意されたもので埋め尽くされているか、
ということを
まるで分刻みで実感する毎日だ。


ここまでお膳立てされて、本当にいいのだろうか?と
申し訳なくなってしまうほど、至れり尽くせりなのだもの・・!

改めて、神様の尽きることのない愛の大きさを実感し、頭が下がるばかりだ。


これが 「うれしうれし」 だと 私は思っている。 



日々の学びを、「愛ある行動」へ生かせるよう、
これからも禊の日々は続きます。



カムナガラタマチハエマセ



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ワンダラーの皆様へ 
今日は、目覚める直前まで 「仕事」 をしていた。

まさしくそれは、現実の世界での「仕事」と まるで変わらぬ状況で
登場人物もすべて実在、仕事の内容もほとんどが今の自分の仕事と 変わらないもので
実につじつまの合う夢。

だけども、そこに込められた意味は、私にとっては実に意味深いものだった。


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私は、会社の経営状況を示す資料を作成していた。

毎月必ず作成する資料だ。



そこのある部分の数値を、私は 「∞(無限大)」 のマークにしていた。



すると、社長から電話がきた。


「ここの数値だが、これでは今の部門長たちには意味が通じない。
 
 もっと彼らにわかりやすいように、具体的な数字にして もう一度出してくれ。」


と。


私は「了解しました」と言って、もう一度 数字をはじき出すことにした。

なるべく早く 社長に報告しなければならないのだが、

あちこちから 突発的な仕事が 舞い込んでくる。


本社から 突如重役さんたちが 来社してきた。


窓口部門にいる私は、日頃窓口業務を専門に担当してくれている
「天然カムナガラ少女のMちゃん」を探すが、
彼女もまた、そのときに限って 他の業務の対応に追われていて
手が空かない。

ここは私しか対応する者がいなかったので、そちらの対応にかかった。

それが終わると、また次の仕事が舞い込む。


ここは応援を頼まなければ・・。


隣の部署の男性Aさんに、依頼をする。

そのAさんとは、日頃はほとんど接点もなく、ろくに話したこともないが
最近になって少々気に留まるようになってきた人だ。


Aさんは快く引き受けてくれた。

「ああ、今まで知らなかったけど、Aさんもこの仕事をこなせる人だったんだ!」

Aさんの迅速な対応に 心から嬉しくなった。


さて、大分時間がたってしまった。
私はまだ社長に報告ができていない。

既に数字はなんとかはじき出してある。

あとは報告するだけなのだが、なかなか社長に報告ができない。

というのも、余計な邪魔が入るからだ。


あああ・・・。
社長は 今か今かと 待っているだろうに・・。

それにしても、実際にはじき出した数字は 「0.1」 すなわち 「10%」 。


なんて低い数値なのだろう。


「∞(無限大)」の可能性を持ちながら、この世界に分かるような数字に直すと、わずか「10%」。

この報告を受けた社長は、さぞがっかりすることだろう・・・。

どう報告したらいいのだ・・・。


そう思いながら、とても焦りを感じていた。



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これは、ワンダラーとしての自分が、ここ最近になって
最後のスイッチが入ったゆえに見た夢だと思っている。

まずは夢の解説から。



会社の経営状況を示す資料、これはまさに
「今の地球の状況を示すデータ」であろう。


「∞(無限大)」としていた部分は、ひとつとしては、これからのアセンションに対応できる
地球上の人間の素質 の部分のように思う。


それこそ、「無限大」の可能性があるということなのだろうが
それは同時に宇宙についても示していることでもある。
また、もっと大きな視点から見た表現、という感覚もある。



だが、社長、すなわち指令元である大神様からは、

「この表現では、現時点での人間には理解できない真理でもあるし、
また、地球の次元として現状を示す「数字」で表わしてくれ」

という指示を受ける。


ところが、それを阻むかのように、様々な仕事が舞い込む。

「真理」を露わにするのを邪魔するかのような仕事だ。


その処理は、それ相応の対応が出来るものでなければ
対応はできない。


最近目に留まるようになってきたAさんが、夢の中で実にうまいこと対応してくれたことから
この方もやはり私と同じようなワンダラーなのかもしれない。。と思った。

ご本人の自覚があるのかないのかは まったく知らないが(笑)


さて、気になる数字 「10%」 だが、
この夢から感じるのは、 現時点でアセンションできる御霊 は 
わずか「10%」ということか・・?


そうだとしたら、私が社長に報告するのが心苦しくて躊躇してしまうのも
うなずける・・・。


まずい。実にまずい。。。


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★自分が「ワンダラー」である、ということを自覚しておられる皆様へ。


まだ自身の禊が遅れている方は、精力的に禊を行われますように。
そして、次なる段階へ進まれた方は、
「利他の精神」を、一刻も早く 「実際の行動」へと移されますように。


そして見失っていただきたくないことは、
その行為の根底に、

「地球、そして地球人を愛する心」 

が 存在しているかどうか、
ということです。


地球を破壊へ導いた「地球の民」を 心から愛せるかどうかで 結果は大きく変わります。


例えば 「先生」と「生徒」 の関係を例にとってみましょう。


自分自身が、理解も遅く、何度言っても答えを間違い、
良い点を取れないダメな生徒だとします。

2タイプの先生がいるとして、

「まったくこんな問題も解けないの!? まったくアンタはバカだからねえ。。
 この問題が解けたら 東大 に行けるんだから 頑張って勉強しなきゃダメよ!
 ○○さん家のAちゃんは とても頭が良くて東大に行ける学力持ってるから、
 Aちゃんを見習いなさい。
 これとこれとこの公式をまずは覚えなさい。ハイ、これ、重要!
 それにしても、アンタの無能さは 呆れてしまうばかりだわね」


という態度で教えてくれる先生と、


「どこが分からない? どこでつまずいてるの?
 大丈夫、誰だって最初は分からないものだからね、なんとか君が分かるようになるまで
 先生も一緒に考えていくからね。
 まちがった部分はどこかな?」


という態度で教えてくれる先生と


どちらの先生に教わりたいと思うでしょう?



宇宙の知識、地球が今現在の状況に陥った原因、アセンションについての情報、
その他、我々が知るべき「情報」は、確かにたくさんあるかもしれません。

また、それを知る必要も、知識を身につける必要も 確かにあるでしょう。


でも、大切なのは、その身につけた「知識」や「情報」を、

「何のために」「どのように」使うのか!?

ってことです。



最終的な目的は、一体何なの? ってことです。



あなたがもし、今 アセンションに関する様々な情報を 積極的に入手しようとしているのなら、
その「最終的な目的」を、 今一度 自分に問いかけてみてください。



「地球が好きですか?」

「地球の民が好きですか?」


そこに 「愛」 は あるのかい?



実際に「行動に移す」現場では、どれだけ周りの人々と同調し、調和し、助け合ってゆけるかが
一番重要になってくるはずです。
どれだけ自分が知識や情報を持っているかを周りに分からせることではありません。

ゆえに、どれだけ周りの人々と同じ目線に立つことができ、
なおかつ自分たちが有する「愛」に基づいた知識や情報を、
いかに最大限に有効に 「現実」 のものとしてそこに生み出すことができるか。

それが、「ワンダラー」としての存在意義であるといえましょう。




※ワンダラーとは
渡邊大起 著 「オイカイワタチ」より抜粋

神様の命を受け、神様の手足となることを一人一人が心に誓って
進化の周期の来た遊星(地球)に生まれ変わり、
その遊星(地球)を神様の世界とする目的のために身を挺する魂を持った人達のこと。

彼らは、宇宙の“煙突掃除夫”である。いいかえれば宇宙の“清掃人夫”である。
宇宙の中の一大進化の大周期を迎える遊星、裏をかえせば、
塵捨てのような堕落した遊星におもむき、
その遊星と同胞に援助の手を差し延べることが、彼ら“清掃人夫《ワンダラー》”の使命である。

ワンダラーは、世のさま(地球のカルマ)を見てそれを評論したり、批判をしに来たのではない。
地球が不幸になった原因を身で体験し、
己の魂が知っている神の国、即ち本当の世界を思い出して(目覚めて)、
正しい本当の世界と地球の間違いとを心の中で照らし合わせて
地球の間違いの根本(カルマ)を生活の中で知り、それを解く戦いをしに来たのである。




ワンダラーに関するサイトをご紹介します。
ただし、すべてを鵜呑みにしてしまうことのないよう ご注意ください。

私も、中身を読んでみて、受け入れられる部分と疑問を感じる部分とありました。
でも、今何かしらの「使命感」を感じ、地球のために何かしようと考えておられる方や、
宇宙やアセンションについて何かしらの関心をお持ちの方、
そして既にワンダラーとしての自覚がある方は、
自分のその「思い」がどこから由来しているのかを知る意味でも、
一読の価値はありそうです。

ただし、くれぐれも、「自分自身の心の目」で 判断されることをお勧めします。

「オイカイワタチ」 渡邊大起 著
http://oikaiwatachi.jp/zen5/zen5.html










カムナガラタマチハエマセ


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自分だけはごまかせない
慌ただしくなってきたようですね。

アセンションに関する情報も数多く出回り、アセンションを口にする人も
様々な動きを見せ、世の中はますます混沌としてきています。


何が正しくて 何が間違っているのか

何を信じればよいのか どうすればよいのか




右往左往してしまう前に まずは 深呼吸。



★ ★ ★ ★ * * + * ・





人はどうしても 「基準」 を求めてしまうもの。


その「基準」と照らし合わせて、 これなら良い とか これは違う とか
そうやって判断します。


その「基準」を 何に置くかによって 結果は大きく変わっていきます。


どんな状況下におかれても 決してブレない 「基準」 とは 
ズバリ 「自分の心」 に他なりません。


自分の心の奥底には、誰ひとり例外なく 「真実」 を知る「自分」が 存在しています。

その「真実」とは 自分にとって 一番清らかで 一番潔白で 一番美しいもの です。


よーく 自分自身の内面を 見つめてください。
必ず 見つかるはずです。


日々の自分の行動に迷ったら その 「真実の自分」 と 照らし合わせてみましょう。

「真実の自分」と 波長が合えば それがあなたにとっての 「真実」 です。



日々の生活で、辛い思い、嫌な思い、気まずい思いをすることがあったら
その 「真実の自分」 と 照らし合わせてみてください。


「真実の自分」と 異なる部分は何でしょう?

その「異なる部分」が あなたが取り組むべき 課題 です。



そんな「真実の自分」も「異なる部分」も いくら考えても分からない というのなら

それは 「見ようとしていないだけ」 です。


「真実」を認めてしまうと 今の自分に都合が悪いので 
自分で見てみぬフリを しているだけです。


自分の中にある おごり 嫉妬 欲 妬み 不正 怠惰 などなど
ネガティブな一面を  見せかけの笑顔と偽りの言葉で取り繕ったとしても
たとえ他の誰もが そのことに気がついていなくても
自分自身だけは 絶対に ごまかすことは できません。


自分自身の 「是非判断」 を 自分以外の人、物 に任せるのは
もうそろそろ 終わりにしましょう。


他人から否定されたり 批判されたりしたからといって
必要以上に自分を否定する必要は ありません。

誰かにとって善人でも 違う誰かにとっては 悪人にもなる。


また逆に 他人から高い評価を得たからといって
それだけで安心し、「自分は正しい」と思い込むのは 危険です。

他人は 「あなた自身」 では ない。

あなたの 本当の姿 は あなたしか知りえないのだから。



自分の心に嘘をつかない生き方を。


私自身への発破の意味も込めて。




カムナガラタマチハエマセ


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実生活での【実地】へ突入!
5月に入ってから特にそうですが、
実に強く感じていることが、「実生活の実地」です。


そして、今回の中国・ミャンマーの震災を機に、
更にその「想い」は 強くなりました。


これまで学んだことを、実生活の行動の中に どう生かしていけるのか。

今まで 教室で講義を受け、教科書を読み、机の上で予習復習をしてきたのなら
これからは まさに 「現場実習」 です。


その「現場」は 大変厳しい「現場」 ですから
余計な想念やエゴは邪魔なだけ。


自分の持ちうる力を、いかに 純粋に人のために使えるか。
余計なことに使う余裕などありません。



ちょっと話は飛びますが、最近 地方新聞をよく読むんですね。
意識が「地元活性」に非常に強く向きますので。。

で、何か今後の活動のヒントになるものはないかと思い
見ているんですが、そこでとても驚くことがあるんです。


「地元有志」による活動が、思いのほかたくさん存在している、ということ!


その多くが、地元の景観を良くするための活動だったりするんですが、
花を植えたり、植樹をしたり、何かしらの美化関係だったり、
そういう活動を、「○○の会」と称して、純粋に非営利目的で行っている方々が
実在しているんですよね。

人数も見てみると、一団体数十名の規模だったりする。
すごい、そんなにいるんだ!って。

そんな団体があるって、まったく知らないんですけど、
でも確かに実在して、実際に「活動」を している。

おそらくは 「カムナガラ」とか「スピリチュアル」とか まったく知らないであろう
中年の方々が主なメンバーですが。


ものすごく刺激されます☆ そして感動しますね。
こういう姿を、見習いたい と思いますね〜。


今私にも あるビジョンがあり、それを実現化させたいと思い
まだほんの足がかりですが、一歩前進したところです。

イメージだけは鮮明にあって、きっと実現できると信じているんですが
そのためには たくさんやるべきことが あります。


その「やるべきこと」は、まさに「実地」、泥臭い「人としての働き」そのものです。
「多次元との交流」とか「瞑想」とか およそスピリチュアル的な行動ではないことは 確かです。


神々様とのパイプはしっかりとつなげつつも、
あくまでも 「人としての働き」 です。


これからは、自分たちの取る行動のひとつひとつが、大変重要となってくるように感じています。

「今回はちょっと手を抜いてしまったけど、次に挽回すればいいや」

というような余裕は ないと思ったほうがよいかもしれません。


ひとつひとつが 大きな意味を持ちます。

ひとつひとつの行動は、二度と還らない ただ一つの「行動」です。


その「行動」を 無駄に捨ててしまうのか 光の命を吹き込むのかは
私たちの「心」次第です。


良いアイディアが生まれたら、出来る限り「行動」に移す。
簡単なようでなかなか難しいですが、
今の私の一番の目標です。


カムナガラタマチハエマセ


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今日の夢☆ 数字のフラッシュ 3、5、15 そして13
昨日から、久々のビッグウェーブが身体におきておりまして
久々にデカい浄化反応のようで
今日は朝から機能停止状態、ほぼ こん睡状態に陥っておりました。


が、今は復活いたしまして、元気一杯でございます。


そのこん睡状態のときに見た夢です。


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○5月19日(月)

数字のフラッシュ 3,5,15、そして13



何かとてつもなく 大きな 円 がある。

その円に 重なるように? なのか

「二元性」 を表わす エネルギーが 示される。


その一方に注目していると
突如 数字の  のフラッシュが!


33333333333333

すると 今度は 数字の  が 大きく示される。

それは 円の真ん中に。



真ん中は 5 


ドカーーーーン!! と 力強いエネルギー。



確かその次に顕れたのが 15 

15が どういう顕れ方をしたのか 忘れてしまった。


そして 最後に 13

すべての 円のまわりを 13のエネルギーが 円状にとりまいている。



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数霊は ほんの少ししか かじっていないのですが
なんとも意味深い数字が出てきたものだなあ、と思っています。

火水伝文の中にも書かれていますが

「四方八方アメツチを、なべて統べりて真釣る御座
すなわち カムスサナルノオオカミ様の御座 【九条の御座】」

を思い出しました。

  1  4  7
  2  5  8
  3  6  9


3は三であり、身であり、水(瑞)でしたよね。

数秘学では、確か3は、二次元のエネルギーから物を創造するエネルギーでは
なかったでしたっけ・・。
ものすごくおぼろげな知識で、信憑性もありませんね。
勉強不足が露呈しております。
申し訳ありません。


そして 「真ん中は5」。

九条の御座の真ん中は5です。
すべての真中は 5 ですね。


15 は、この九条の御座を縦・横・ななめ 掛け合わせると
すべて「15」になります。


最後の「13」ですが、
これも重要な数字のようですね。

今回顕れた大きな円を取り囲んでいましたが、
よく言われる 「○チョン」 の○が12で中のチョンが13番目、という解説を
以前どこかで見たような気が・・。

今年の4月にも、大きなエネルギー変化があったとき
「13の駆動システム発動」の夢を見ました。
そのときも「13」という数字がとても印象的だったのですが・・・。


ああ、それにしても、数字についてはまったく知識がなく
今こうして書いていてもお恥ずかしい限りです。

火水伝文の中の「九条の御座」についても、難しくてまだまだ理解できておりません。


とても重要な数字のメッセージだろうと思うのに、
その解読ができずもどかしいです。

今回の数字について、もしどなたか解説いただける方がいらしたら
情報をお願いできませんでしょうか。


私も真剣に勉強していかなければいけませんね。 
改めて思いました。

以前から注文しようと思っていた数霊に関する本を注文したいと思います。



カムナガラタマチハエマセ

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足の痛みは地球ガイアの痛みだった
先日の記事でも書きましたが、原因不明の足の痛みのため
昨日整形外科へ行ってきました。

思ったとおり、原因は特定できず。
原因は分からないけれど、腱か筋肉の炎症でしょう、という診断でした。


午後から会社へ行き、半日仕事をして帰ってきましたが
ここ数日足の裏を地面につけることのできない姿勢で過ごしていたので
お尻やひざなどに負担がかかり、身体のあちこちが疲れていました。

夜お風呂に入りながらまた考えていたんですが。。


足の裏を地面につけることができない、ということが
こんなにも心地悪く、辛いことだとは、これまで感じたことなかったなあ・・と。

そして、普段気がつかなかったけれど、足の裏というのはそれだけ、
大地の鼓動を感じ、そのエネルギーを身体に循環させてくれていたんだなあ。。と。

私たちはほとんど気づいていないけれど、私たちは確かに、
大地からのエネルギーを足の裏からいただいているんだ、ということなんですよね。


そのことを、しみじみ実感したんです。
そして、そのことを今回気づかせていただいたことが本当にありがたくて嬉しくて
心から感謝しながら眠りに就きました。


さて、夜が明けて携帯からブログをのぞいてみると、
アルクトゥルスさんからコメントをいただいておりましたが、
大変シンクロした内容で、私だけでなく皆様にとっても大変重要なメッセージを
いただきましたので、ここで改めてご紹介させていただきたいと思います。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


おやおやまたシンクロですね!昨晩は遅くまで「クニさん」と話をしてましたが、

話題は「足の激痛」でした。わたしもクニさんも、ここ数ヶ月は、足の激痛に

見舞われておりました。

話の途中に、「メッセージ」か゜降りてまいりましたので、お伝えしましょう!



足の痛みは「地球ガイアの痛み」です。

大地へアオウエイを繋ぐものは、イエウオアの返信を受ける。

その痛みが今地球が感じている激痛です。

地球自身が身を震わせてその痛みに耐えているのです。

その地球自身の痛みを感じて下さい。


その原因を作ったのは、人間です。

痛みのあまり、身をよじると、その上に住む人間にも

影響は及びます。

神とて望む事態ではないですが、地球にとっても最後の

産みの苦しみです。

不幸にも生を失った魂は、神がすべてお世話を致します。

光の戦士への下肢部分の痛みは、地球からのサインです。

少しでも彼女の激痛を抑える為に、今以上のアオウエイのエネルギーを

大地に流し込んで下さい。



以上です。

私も突然の痛みで駅の階段から、転げ落ちそうになりました。

光の導管のお役目もさらに加速せねばなりませんね!


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


他にも、ブログ「蒼い空」の管理人である yacco.nさんも、同じく両足の土踏まずに
痛みを感じておられたそうです。


今朝起きたら、驚くほど痛みは少なくなっていました。

まだ多少痛みはあるものの、足の裏を地面につけることもできるようになったし
昨日より大分楽に歩けるようにもなりました。

もしかしたら、今回のことでいろいろ気づくことができて、夜寝る前に神様と守護霊様にお礼を
ささげたからなのかなあ。。と思っていたら
上記のようなアルクさんからのコメントをいただいていたので
改めて今回のことをじっくりと考えさせられました。


現在の地球の状況の様々なことが、今回のことに凝縮されているように感じます。
私なりに、現在の地球の状態に当てはめてみます。


足の裏をしっかりと大地に付けることができないことにより、
大地からのエネルギーを受けることができなくなった。




現代の人間が、神や自然の存在を無視し、自ら切り離してしまったことで
その恩恵を受けられなくなってしまった。



その結果、歩くことで生まれる血液の循環が滞り、足のむくみ、肌荒れが起きた。
また、無理な姿勢で歩くことで、身体のあちこちに痛みが生じた。



エネルギーの循環が滞り、地球上のあちこちで、異常気象や天災が発生した。
その歪みが、地球上で様々な痛みを生じさせている。



今回起きた痛みによって、大切なことに気づき、心から神様に感謝と祈りをささげたら
何もしていないのに驚くほど痛みが和らいで快方に向かっている。



地球上の人々が、様々な災害を受けたとき、本当に大切なことに気づき、悔い改め、
心から地球と天に感謝と祈りをささげることで、大難は小難に転じられる。




まさに、地球ガイアからのメッセージなのかなあ、と思っています。
これからも、このようなメッセージが、いろんな形を通して伝えられるのではないかと
思います。

今回の痛みは地球ガイアの痛み。
その痛みを、我が身を持って感じさせていただけたことのありがたさ。
しかと受け止めたいと思います。

そして、この身体と魂すべてをフル動員して、
かすかなサインも見逃さず、メッセージを受け止め、
愛のエネルギーを循環させるお手伝いができるよう
これからも一層の御霊磨きに励みたいと思います!


ありがとうございます。



カムナガラタマチハエマセ


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経験しなければ分からないこと
昨日から突然、右足の土踏まずに激痛が走り、
まともに歩けなくなっております。
原因不明です。


外傷はまったくなく、原因もさっぱり思い当たりません。


力を入れることができないので、体重がかけられず、
普通に歩けないんですね。


で、今日病院に行きました。

整形外科に行きたかったんですが、運悪く木曜日はどこも休診。
地元の総合病院も、休診でした。

血流の異常も感じていたので、念のため今日は内科を受診しました。
動脈関係の検査は異常なし。
やはり整形外科で受診するように、とのことで
明日改めて、病院へ行くことになっています。



さて、思いがけないハプニング?で、改めて、いろんなことを考えさせられました。



こんなささいなことなんだけれど、普通に歩けない、ということの
なんと不便なこと!

かつて右手を骨折したときも痛感したのに、
人間というのは悲しい生き物で、治ってしまうとそのときの苦労を忘れてしまうんですね。
そして五体満足であることを、当たり前と思ってしまう・・。


そして今日病院に行って、私は大変感動しました。


受付で、どこに受診したらよいのか、看護婦さんと相談してたときのこと。
私の様子を見て、内科へこれから移動する、というときに

「その足では(内科まで)行けませんね、今車椅子持ってきますからね」

と言って、車椅子を用意してくださったのです。

私はこんなことは今まで経験がなかったので、
そんな発想すらなかったんですね。
でも、言われてみれば、
この足で内科の場所まで歩いていくのは正直ものすごく辛かったに違いありません。

車椅子で運んでいただきながら、本当にありがたくてありがたくて、心に沁みました・・。


きっと、病院では、それが仕事として当たり前だったかもしれません。
看護婦さんも、何の特別な気持ちもなく、ごく自然にそうしてくださったのだろうと思います。
でも、どれだけそれで救われた気持ちになったことか・・。


そのとき思ったんです。

「絶対に恩返しをしよう」 って。



今、中国やミャンマーを始め、世界中で大変な災害が起こっています。
その報道を目にしたり耳にしたりするたびに、なんとお気の毒なことだろう、と思い
自分にも出来ることはないだろうか。。と思っておりました。

でも、今日、実際に自分が少々不自由な思いをして初めて、
昨日までの自分が、災害に合われた方々に対して、いかに表面的な思いを抱いていたのか、
ということに気づかされました。

今日の私の痛みや不自由さなど、彼らに比べたら毛先のほどすらもありません。
それでもこんなにも不自由さを感じ、そしてまた、人の親切さが心に沁みたのです。

そう思うと、世界中で苦しんでいる方々の苦しみはいかばかりだろうか、と
改めて自分のこととして感じられたのです。


原因不明の私の足。
一体なぜ突然こんな状況になったのだろうか、ととても不思議なんですが
最近、毎日のように、今後の非常事態のシュミレーションをしていたことを思うと、
いざことが起きた時のために、辛い思いや苦しい思いを疑似体験させていただいたのかな、と
思ったりもするのです。

どんなに人のために助けになりたい、と思っても、
その辛さを実際に体験しなければ、なかなか当事者の気持ちは分かりませんし
逆にそれを少しでも体験していれば、どうすることが一番当事者にとって助けになるのか、
分かるでしょうしね。


明日病院に行ってみて、どんな結果が出るのか分かりませんが
今のこの現状を、無駄にすることなく、今後のために生かしていきたいと思っています。


そして、今日のこの出来事によって、最近までずっと自分の中で構想だけで止まっていた
ある考えを、実行に移そうというきっかけにもなりました。


なんとありがたいことでしょう。


ますます時間が加速している中、
一日一日を無駄にせず、私たちにできる限りの精一杯を尽くして
行動していきたいですね。


カムナガラタマチハエマセ



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これからの歩み方
前回の記事を受けて、
今後の食料危機を初め、大変な時代を迎えるにあたり
どう歩んでいけばよいのか、ということで、
今受け取っている「想い」を まとめたいと思います。

まずは こちらをご参照ください。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


火水伝文より


こ度の大変は時にあらず。
場にあらず。

マコト危うきは汝自身と知りて下され。

時空越えたる祓い清めなるが由じゃ。
助くる捨つるは後の後。

自ら祓い清めるが、
こ度汝の〔苦心行〕
三真釣り合わすミチのりぞ。

解かりたか。

海、荒るるが危うきで無いぞ。
山、火吹くが危うきで無いぞ。
地、裂けるが危うきで無いぞ。
戦、激しきが危うきで無いぞ。
衣食住、無うなるが危うきで無いぞ。


めぐりだけの事はせにゃならんが、         
三真釣り持ち行く者なれば
呼ベば助くる手出しすると申して居ろうが。

由に汝、
マコト持ち行けぬただその事が危ういのじゃ。

生死一如と申して居ろうが。
生きておりても死しておりても同じ事ぞ。


三真釣り持ち行けぬ者、

海、危うきぞ。
山、危うきぞ。
地、危うきぞ。
戦、危うきぞ。
衣食住、危うきぞ。

死後も危うきと申すこと、
ハラに入れよ。


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


この文の中にあるように、
このたびの「大変」は、「時」でもなければ「場」でもないのです。

【マコト危うきは汝自身】

つまり、私たち自身の心根、魂次第、ということです。


魂が穢れたままの者は、
海であろうが 山であろうが 
どこにいても 「危うい」 のであり

 めぐりだけの事はせにゃならんが、         
 三真釣り持ち行く者なれば
 呼ベば助くる手出しすると申して居ろうが。



というように、魂が磨かれ、真の心を持ち行く者であれば
どこにいようとも 神様は お守りしてくださる、ということですね。


さて、では具体的に今後、私たちはどのように暮らしていけばよいのでしょう。


身近ですぐにでもできるところから言いますと、
私たちの「衣食住」を、もう一度見直しましょう。


当たり前のように身につけ、当たり前のように口にし、
当たり前のように暮らしている 現実が
どのようにして 自分たちの手元に届いているのか、
その「元」へと思いを馳せてみてください。

実際にそのルートを 調べてみてもいいでしょう。

「その気」があれば、今はネットサイトで いろいろ調べられます。

例えば、毎日口にする食べ物が、どのように加工され、どのように運ばれ、
どのような過程を経て 我々の食卓に届いているのか。

それだけでも、今まで知らなかった事実が 見えてきます。

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火水伝文より


汝『あやま知』にどぷりと囚われておるが由、
関わり無きと申すなれど、
汝の持ちたる衣の糸引いて見て下されよ。
食の糸引いて見て下されよ。
住の糸引いて見て下されよ。
衣食住その糸引きたる先見れば、
商人がいるであろうが。

更に引きたる先見れば工場見えるであろうが、
農場見えるであろうが。
さてその先に、汝何を認めしか。
汝等日々ほとんど省みし事なきが、
そは資源ぞ。
汝等の創りたりえぬモノぞ。
天恵ぞ。
水ぞ。
油ぞ。
食物ぞ。
鉱物ぞ。
森林ぞ。
海洋ぞ。
地球ぞ。

すべてのすべて神なるぞ。             21
汝等この天恵なくば一日たりとも生きてはおれんのぞ。
されば汝等一人一人に
その糸集まりきておろうが。

されど汝等、
自然とあまりにも隔たされ過ぎたるが
由に衣食住の本義忘れ、
ただただ『あやま知』たる
衣食住むさぼり生くるように
なりてしもうたのじゃ。

食えば食ほどゼイに入り、
着買え着捨つる狂り返し、
住むに不自然作り上げ怪適かなえる物集み、
『あやま知』病みたる欲望の糸引く勢い増しに増し、
『我善し』消費の限り尽く。
引かれし糸の先見れば、
ワガ国ばかりか他国まで
天恵むさぼり略奪の汚名頂く様となる。


〜中略〜

神の渡せし糸と汝の集めし糸、
混同してはならぬのじゃ。

欲糸ひとつ放せば神の渡せし糸太くなるぞ。
欲糸ひとつ生ずれば神の渡せし糸細くなるのじゃ。



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